贅沢が日常化すると、もうすでに贅沢ではない説

シャンパンを注ぐテーブル

お金があったらアレを買って、これを買って、旅行に行って好きなものを食べて…

そんなこと考えますよね。

お金があったらやりたいことってたくさんありますよね。

誰だってお金持ちにはなりたい。

誰だって贅沢がしたい。

みんなそうでしょう。

ですがちょっと立ち止まって考えてみてください。

果たして贅沢することが幸せなのかと。

贅沢をすることが目標で生きているなら、それは幸せと言ってもいいかもしれませんが、別に贅沢を目標にしているわけではないと思います。

いや、贅沢が目標の人も結構いるかな・・・。

確かにお金があるに越したことはないでしょうが、贅沢が幸せとは違うのではと考えています。

今回は贅沢について語りたいと思います。

贅沢と何なのか

そもそも贅沢とはなにをもって言うのでしょうか。

まずは贅沢というものを知る必要があります。

考えてみました。

贅沢とは

  • 無くても困らない物や時間にお金を使うこと
  • 必要以上の性能を持った商材を購入すること

この2点に絞られるのではないでしょうか。

無くても困らない物や時間にお金を使うこと

生活に無くても支障がない物を購入したときや、行かなくても支障がないところへお金をかけて行くことです。

例えば東京など都会に住んでいて自動車が必要ないのに自動車を購入したとすれば、それは贅沢だと思います。

旅行だって行かなくても生活に支障はありませんよね。

高級レストランに行かなくても生きていけますよね。

必要以上の性能を持った商材を購入すること

もう一つは生活に必要だけど、必要以上の高性能なものを購入したときです。

自動車が無くてはならない環境では、自動車を購入することは贅沢ではありませんよね。

しかしそこで高級車を購入したらどうでしょうか。

家電が壊れたなどで買い換えることは贅沢ではありません。

しかし必要のない無駄な機能満載の高級機種を購入したら。

贅沢とは、このようなことを言うのだと考えられます。

贅沢が日常になれば、それは贅沢ではない。

例えば、たまに行くお高めのレストランが自分への特別なご褒美「贅沢」だとします。

もしお金があったとして、そのレストランで毎日食事していたらどうでしょうか?

それは特別なご褒美ではないですよね。

日常です。

普段の日常となり、牛丼やファーストフードと変わりません。

旅行も同じです。

毎週末に温泉旅行へ行っていたらどうでしょうか。

週末の恒例行事となり、それも特別なことではありません。

ハワイに毎月行っていたらどうでしょうか。

これも日常で、特別ではありませんよね。

逆に家にいることが贅沢になりそうです(笑)。

贅沢は日常化してしまうと、それは贅沢ではなくなってしまいます。

日常化してしまうと、そこに満足感を得ることができなくなってしまいます。

その贅沢は、ただの浪費と化すのです。

つまり無駄遣いです。

贅沢が幸せであるなら、贅沢が日常になった時点で幸せではないですよね。

贅沢が贅沢ではなくなってしまったのだから。

お高いラストランが日常化すると、今度はさらにお高いレストランが贅沢になります。

さらにお高いレストランの次は、さらにさらにお高い・・・

キリがありません。

贅沢したくなるのは、人の心理です。

誰だってより良い生活をしたいですからね。

ですが、そこで既に見失っているんです。

贅沢が贅沢ではなくなっていることに。

浪費を蓄えに変えたほうが幸せなのでは

年収3000万円で、年間3000万円使っちゃう人がいたら、その人の貯蓄は0円です。

お金を使うことが幸せであればそれでいいかもしれませんが、それは間違っていると言えるでしょう。

いくら稼いでも稼いだ分だけ使ってしまったら、その人は常にお金が足りない状態です。

そうですよね。

いくらあっても全部使ってしまうのですから。

贅沢の上塗りをし続けていると永遠に止まらないんです。

それは年収500万であろうと、300万であろうと同じことが言えます。

貯蓄がないと、いくら稼いだところでお金がないですし、いつ収入が激減する日が来るかわかりません。

貯蓄がある、なしでは心のゆとりがが全然違います

幸せとは心のゆとりが大切なのではないでしょうか。

つまり安心出来る状態が心のゆとりとなり、そのゆとりが幸せを感じられるのでは。

常に不安な状況だと、幸せなんて決して感じられませんからね。

「宵越しの銭は持たない」ってセリフ、一見カッコいいですが絶対に銭は持ってたほうがいいです。

いくら貯蓄があっても足りないと感じてしまう人もいるでしょうが・・・。

まとめ

まとめます。

  • 贅沢は日常になると、贅沢ではなくなってしまう。
  • 浪費を蓄えに変えて、心のゆとりをもつべき。

たまの贅沢を堪能することに贅沢の意義があって、日常で贅沢をしては意味がないってことです。

ちょっとその考え方おかしいんじゃない?って方もいるでしょう。

価値観は人それぞれですから、そこに一つの正解なんて存在しません。

自分は贅沢が幸せだ!って人はバンバン贅沢しても間違いではありません。

お金が有り余っている人は高級レストランに行って、高級車に乗ってバンバンお金を使ってもいいと思います。

しかし贅沢に上限はありません。

はたして贅沢が満たされることなんて、人間にあるのでしょうか。

 

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