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桶狭間古戦場伝説地の観光情報と散策の感想(愛知県豊明市)

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桶狭間古戦場伝説地の情報

所在地

〒470-1168 愛知県豊明市栄町南舘11

アクセス

電車「中京競馬場前駅」から徒歩3分
自動車名古屋第二環状道「有松IC」から10分弱

料金

無料です。

駐車場

駐車場はありません。

自動車の場合は 、近くのコインパーキングに駐車する必要があります。

おすすめパーキングは「タイムズ藤田こころのケアセンター第2」です。

ゴリバーガーというハンバーガー屋さんの裏にあります。

タイムズ藤田こころのケアセンター第2の所在地、料金

愛知県豊明市栄町舘34

30分200円。

桶狭間古戦場伝説地まで徒歩3分程度。

桶狭間の戦いとは

学校の歴史で必ず習う、有名な戦いですよね。

誰もがご存知だと思いますが、簡単に説明します。

桶狭間の戦いは永禄3年(1560年)5月(現在の西暦では6月)、今川義元と織田信長によって行われた合戦。

2万5000〜4万5000人(諸説あり)の大軍勢を率いて尾張に攻め込んだ今川軍を、3000〜5000人の圧倒的不利な織田軍が勝利した有名な戦いです。

今川軍は5つある織田軍の砦のうち2つを落し、次の砦を落しに向かう途中で休息した場所が「桶狭間」。

午後1時、織田軍が桶狭間で奇襲をかける直前に豪雨となり、織田軍にとっては絶好の気づかれずに近づくタイミングができました。

そして雨が上がり晴れると、織田軍が正面突破で一気に襲いかかります。

雨で陣形も乱れていたところの奇襲によって、大混乱となった今川軍を織田軍が攻めまくり、今川義元を討ち取りました。

合戦は、たった2時間の出来事でした。

正面突破だったのか、迂回して側面から奇襲したのか諸説あります。

悪天候で陣形が乱れていたことを考えると、正面突破でも奇襲は可能だったと思思われます。

東海道を制圧していた今川義元を、尾張の若き織田信長が倒した大番狂わせの合戦でした。

信長にとっては、天候の偶然という幸運に助けらてた勝利。

まさに歴史が動いた瞬間です。

桶狭間古戦場伝説地の画像を踏まえた散策の感想

桶狭間古戦場伝説地 案内図

桶狭間古戦場伝説地は公園になっており、散歩しながら見学するイメージです。

公園はさほど広くはなく、よくある街の公園サイズ。

遊具等がある公園ではありません。

庭園に近いイメージですね。

石碑が公園を囲むように立てられており、ぐるりと回りながら散策します。

入り口

敷地の入口です。

敷地内は写真の通り、手入れされた庭園のようになっていました。

古戦場の説明書きです。

水はありませんでしたが、池だったと思われる場所がありました。

真ん中の石の橋を渡り散策を続けます。

石碑です。

上記左は文化6年に建てられたものらしい。

今川治部大輔義元墓

明治9年に山口正義という人が建てた今川義元の墓碑。

すぐ近くには今川義元が討たれた一号碑があります。

今川義元が討たれた場所

今川義元が討たれたとされる場所に一号碑。

敷地内には七石表と呼ばれる石碑が7つ建てられております。

一号は今川義元が討たれた場所を示し、二号が松井宗信が討たれた場所。

三号以降は今川義元の武将ですが氏名は不明です。

道路を挟んだ写真奥右に少し写っているお地蔵様が「お化け屋敷」と呼ばれるお地蔵様。

江戸時代には武者の亡霊が頻繁に出ていましたが、このお地蔵様を建てたところピタッと出なくなったとの言い伝えがあります。

まとめ、感想

あの有名な「桶狭間の戦い」の跡地。

中京競馬場前という駅から4分と、電車で訪れるにはとても行きやすい場所。

石碑はありますが特別珍しいものがあるわけではなく、手入れがされた庭園のような公園といったイメージ。

しかし車で訪れる場合は専用の駐車場がないので、近隣のコインパーキングに停める必要があります。

桶狭間古戦場伝説地は公園となってますが広い公園では無いため、パパっと見学すれば30分でも見学することは可能です。

また近くに「桶狭間古戦場公園」があり、その公園とセットで訪れても良いかと思います。

しかし、その桶狭間古戦場公園にも駐車場はなく、さらに住宅街にある公園なので近隣にコインパーキングはありません。

近くにホームセンターがあるので、車の場合は何かホームセンター買ったついでとして桶狭間古戦場公園に行くしかないでしょう。

以上、桶狭間古戦場伝説地のレビューでした。

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